ザ・フー

The Whoの新作アルバム「WHO」

投稿日:2019年12月13日 更新日:


ザ・フー公式掲示板にガチ勢向けトピックがある。
「フーの哲学を現す一曲は?」

様々な曲が挙げられたが、多くは自我に関するもので、「シーカー」「リアル・ミー」などが人気だった。この辺りは歌詞を重視する英語ネイティヴとは、好みに差があるかもしれない。

ピート・タウンゼントというのは、ずっと「集合体の中の個」に魅せられてきた人だと思う。

それは必ずしも社会や人間関係のことではなく、例えば空で鳥が形を変えながら群れているさまであったり、海で魚の集団が魚影を作っていたり、個体が集まり、違う形を作りながらも、着目すれば各々の個体がしっかり個性を持っていることだ。未完のロックオペラ「ライフハウス」では、エキスペリエンス・スーツに包まれた人々のセルが「グリッド(インターネットのようなもの)」で繋がり、それが集合体となって独裁政権社会を作っている。

ピートの音楽にもそれが現れていて、頭の中で無限の広がりを聞かせるも、根音という一音上に沿った音の集まりでもある。ライブ会場でも、メンバーや個々のオーディエンスが一体となって一つのコンサートに参加し、それぞれ(everyone)が個性を持ち、ピート自身も自分という「one」を意識している。無数の雨粒が集まって海を作り出すように。

これはザ・フーというバンドとしての集合体に当てはめられる。
各メンバーがこんなにも違うバラバラな個性を持ちながら、集合体になると史上最強になり、その中で各々が自分の個性を出そうともがいている・・。

これを掲示板に書いたところ、賛同してもらえたので、勇気を出して日本のファンにも言ってみた。

「・・・それ、『ザ・フーはマヨネーズ』って意味?・・卵と油と酢と塩が混ざってるってこと・・?」

これも掲示板でシェアしてしまったため、一挙にトピックが卵ネタに変わってしまった。「オムレツの空」「ザ・フー・シェル(殻)・アウト」「アイ・キャント・エッグスプレイン」「ヨーカー(黄身)・ジェームズ」・・・どれも可笑しすぎる。
そしてもちろん、「ザ・フーがマヨネーズなら、卵は誰?」これももうお分かりであろう。

しょっぱなから話が脱線しすぎだが、本作「WHO」は、コンセプトアルバムでもなんでもないのに、バラバラに集められた秀逸な曲群が「WHO」という「一つの世界」を作り出し、それが紛れもなく「ザ・フー」だと感じさせる作品である。
しかも一つ一つの曲に、旧知の「ザ・フーらしい何か」が散りばめられ、ここにも「挑戦を続けつつも変わらぬバンド」の姿が垣間見え、バンドを愛して止まないファンをクスリと(時にホロリと)させるのである。

では、各曲ごとに聴いていこう。

1. オール・ディス・ミュージック・マスト・フェイド (All This Music Must Fade)

冒頭から「I don't care」と「ザ・キッズ・アー・オーライト」の歌詞「I don't mind」の再来のようなアティチュードに「ヤラレタ!」となる。

先行シングルとしていち早く配信され、「I don't care, I know you're gonna hate this song」は誰に向けた歌詞なのか、随分話題になった。ピートが公式サイトで「全てのパクリ疑惑で追求されたアーティストに捧ぐ」と表明したが、それだと次のライン「We never really got along(うまく付き合えたことがない)」がリスナーを煽っているようにも聞こえる。一方、ピートは自身のインスタで、ファンの質問に答える形で、「ロジャーに当てたものだ」とも回答している。

この辺りの正体を掴ませない感じ、やっと掴めたと思ってもスルッと手から抜けていくモヤモヤ感、そのせいでいつまでもバンドを追いかけてしまう。だが、バンドはそんなファンの動向など一切気にしない。最後は「Who gives a f**k?」と、ピシャリとドアを閉めてしまうのだ。

2. ボール・アンド・チェーン (Ball & chain)

今にも西部劇で決闘が始まりそうなイントロ、ロジャーの唸り声で重々しく始まるこの曲も、先行シングルとして発表され、2019年7月のウェンブリー公演でも演奏された曲。元々は2015年にピート・タウンゼントのソロアルバム「Truancy」の挿入曲として、「Guantanamo」のタイトルで発表された。ヤマハのエレクトーンを重ねて演奏された原曲と比べると、オーケストラ、リアルなドラムやベースが加えられ、よりシアトリカルにアレンジされている。

アルバム挿入が決まっても、曲のタイトルは変化し続けた。筆者の知る限り、「The Man with the Big Cigar」(関係者の話)、「Big Cigar」(ウェンブリー公演にて)を経て、最終的に「Ball & Chain」になっている。これによってグアンタナモ収容所そのものは一見イメージしにくくなったが、「Been a breach of promise(約束の不履行)」の歌詞で、オバマ前政権での制裁緩和を受けて発表された祈りが今も叶えられてないことが伝わる。

よく練られた歌詞で、キューバと言えば「cigar」、その「cigar」にかけた単語のチョイスが面白い。「piece」もパッケージを匂わせる。「Still waiting for the big cigars」は「勝利(の景品である葉巻)を勝ち取るのを待っている」ことだ。

3. アイ・ドント・ワナ・ゲット・ワイズ (I Don't Wanna Get Wise)

「老いさらばえる前に死にたい」という歌詞の「マイ・ジェネレーション」に捻りを効かせた曲。
「Those s-s-snotty young kids」と、子音だから目立たないが、吃音歌唱も入っている。

歳をとって「oldsplaining(参照)」をするようにはなりたくない、そして歳をとっても大して賢くはならない、という歌。この辺りの自虐的な正直さがこのバンドの神髄でもある。

「I」「I」「I」(俺、俺、俺)ばかりだった歌詞を、もっと包括的になるよう、ロジャー・ダルトリーが主語や目的語、時制を変えたという。

4. ディトゥアー (Detour)

「MeToo」運動に連携し、男性目線のやり方は変わらなければ、というメッセージ。タイトルはザ・フーの前身バンド「The Detours」にも因んでいる。ピートのVlog(動画ダイアリー)やブログによれば、スタジオでセッションとして発展させたかったようだが、ロジャーが同じ建物内にいてすらピート達のところには顔を出さなかったため、実現しなかったようだ。

プロデューサーのディヴ・サーディがドラムのオーヴァーダブに最も力を割いた曲。ボ・ディドリー風なリズムに「マジック・バス」を、最後のジューズ・ハープに「ジョイン・トゥゲザー」を連想する者もいるだろう。

5. ビーズ・オン・ワン・ストリング(Beads On One String)

ピートが音楽共有サービス「SoundCloud」で見出したジョッシュ・ハンサッカーとの共作。

宗教や人種、「多様性」について歌った曲。

ピートが傾倒するインドの導師メヘル・ババの言葉に由来している。

「私は何かのカルト・社会共同体・組織を作るためにやって来たのではない。新しい宗教を設立することすらない。私が与える宗教は、多くの無名の者の知識を与えるだろう。人々に読ませる本は、生命の神秘の鍵を握る心の本だ。頭と心を幸せに調和させ、すべての宗教と祭式を活性化させ、それらを数珠のように一つの糸にまとめよう」

- メヘル・ババ「God Speaks」より

6. ヒーロー・グラウンド・ゼロ(Hero Ground Zero)

ピートは本来7月発売予定だったこのザ・フーのアルバムと、自身のマルチメディア・プロジェクト化が予定されている作品「The Age Of Anxiety」の一部である11月発売の小説との関連を持たせようとして、ロジャーに歌うように頼んだという。同オペラの一曲目にあたる曲。

国内盤歌詞に「Gazing down from skider」となっているのは「Skkidaw(湖水地方のスキッドオー山)」の誤り。映画「トミー」の終わりにトミーが登る険しいウォラ・クラッグの近くにある。その映画「トミー」期のロジャー・ダルトリーにそっくりな風貌のロックスターが湖水地方で映画撮影後に消息を絶ち、絵を描き始めるという話で、「ヒーロー・グラウンド・ゼロ」はそのロックスターが所属するバンドの名前。911とは何も関係がない。

ピートのデモでは、もっと「クラシック・ロックスター然とした歌い方」だったのを、ロジャーがメロディーを重視したヴォーカルに変え、それが功を成したそう。

7. ストリート・ソング(Street Song)

photo© Matt Brown on Flicker Licensed under CCBY2.0

2017年6月14日にロンドンで起こった「グレンフェル・タワー火災」をきっかけにした曲。ピート・タウンゼントがタワーの近くに住む複数の家族を知っていたこと、ピートの家政婦もタワーに住む家族と知り合いだったことから、人事でないと感じたという。

ロジャーが「俺たちの地元だからやらなくちゃ」と言うので、サイモン・コーウェルが製作企画したチャリティ・シングル「明日に架ける橋」に協力したものの、あまり成果を感じられなかったピートが、ロジャーに歌ってもらおうと書いた曲。

厳密には「グレンフェル・タワー火災」そのものを歌っているわけではないが、タワー火災時に、年老いた男性が妻に「これだけ言おうと電話したんだ、『さようなら』」と言い残して焼け死んだという話の記事をピートが読み、それが歌詞に使われている。

この曲は我々が何処にいるかについて

みんなが何処から来たのか見つめなければ

コミュニティー社会とは何なのか

それは人種ではない
政治でもない
ギャングでもない
タワーが移民だらけだった事実でもない

それはタワーがストリートから育まれたという事実で

そこに俺たちが集まり
そこではバラバラではないという事実

俺たちは「一つの国民」なのだ

これが俺たちが進む場所
これが俺たちの行くべき場所

それが俺たちの成し遂げるべき道である

- ピート・タウンゼント インタビューより

8. アイル・ビー・バック(I'll Be Back)

「輪廻」について書かれた曲。「輪廻転生」の概念があまりないキリスト教圏のリスナーに向けて発表するのは、かなり大胆な賭けだったことだろう。

「信じていること」をアルバムにするのは難しいが、それは「挑戦」でもある
- ピート・タウンゼント インタビューより

ピート・タウンゼントがオートチューンも使い、まるでポール・マッカートニーのように軽妙に歌い上げるが、上記のように非常にスピリチュアルで深い問いかけを含んだ曲。曲順で言えば、7曲目で亡くなった魂がそこで終わりではないことを示すかのように、聞くものの慰めになる。歳の差があるレイチェル夫人に捧げた曲のようにも聞こえる。

そして端的に言えば、ザ・フーの活動はまだ終わらないという意味でもある。「We'll be back」、ファンが気に食おうが気に食わなかろうが、また戻ってくる。そうしない理由はない、というメッセージでもある。

ラップ部分の歌詞について、ピートが自身のインスタで発表している。国内盤歌詞とは違うところがあり、もっと抜け感と解釈の多様性がある印象だ。

9. ブレイク・ザ・ニュース(Break The New)

アルバム「トミー」収録にも関わり、ツアー歴も長い、ピート・タウンゼントの弟、サイモン・タウンゼントが書いた曲。アルバムの中間曲として、ラジオ・フレンドリーで、ザ・フーのアルバムでは珍しいロジャーの柔らかな歌い上げ方が一服の清涼剤のようだ。

サイモンはアルバム製作の前に、まずはロジャーとコラボしたいと思い、25曲を書き上げてロジャーに送った。しかし、ロジャーからは全くの梨の礫。かなりこたえたという。

それからザ・フーのアルバム候補曲として何曲かをロジャーやピートに披露したものの、反応はイマイチだったが、一度もザ・フーの曲として意識したことのないこの曲が気に入ってもらえたという。

サイモンのツイッターによると、ロジャーのために書いた曲ではないが、聞いて欲しくて送ったところ、「歌いたい」と返信があったそうだ。

サイモン版との違いはドラムとベースがヘヴィになっているところだという。ここでも徹底的にベースとドラムにこだわったプロデユーサーのディヴ・サーディの手腕が現れているかもしれない。

10. ロッキン・イン・レイジ(Rockin' In Rage)

個人的にアルバム中イチオシの曲。ザ・フーの本質である怒りと反骨精神が最も現れている曲だと思う。変化する世界情勢に戦い続ける老練の戦士のような気概に、魂が揺さぶられる。3曲目の「I Don't Wanna Get Wise」と同様、加齢によって達観の境地になど至ることなんかない、寧ろ大人しく引っ込んでなどいないぞ、という戦後の音楽シーンを牽引してきたザ・フーからの頼もしいメッセージ。

ロジャーのヴォーカル・パフォーマンスが素晴らしい。

ザ・フー に参加したとき
ロジャー・ダルトリーは
ガキ大将で、バカで、ストリートファイター

その瞬間から奴の保護下にいられて安心した

ロジャーは若者としての怒り・強さ・力・挑戦と
再び繋がれる奴だと思う

俺達の年齢では
「怒れ、怒れ、死にゆく光に」という
ディラン・トマスの詩が授けられる

これは長くてノロノロとした「死の床」のシーンと考えて欲しい

− ピート・タウンゼント インタビュー

11. シー・ロックト・マイ・ワールド(She Rocked My World)

曲順は一番最後だが、ピートのブログでは一番最初に紹介された曲。

過去の女性との恋愛を歌った曲。癌で闘病していたギタリストのゴードン・ギルトラップがフラメンコ調のギターで参加し、いくつかのアイディアも提供したという。

チックコリアを散りばめたようなピアノ、ジャジーなコード、ロジャーの表現力豊かなパフォーマンスに聞けば聞くほど馴染んでいき、風景が浮かび上がる良曲だ。

余談:ボーナストラックの「ダニー・アンド・マイ・ポニーズ」は、国内盤で最後の歌詞の訳が「僕とポニーがいなかったとしても」になっているが、このいきなり出てくる「ポニー」は「小さなお馬さん」のことではない。25ポンド札のこと。

参照:thewho.com、Uncut 2019年9月号、MOJO2019年11月号、Music Week Magazine、テレグラフ紙、サイモン・タウンゼント・ニュースレター他

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