四重人格


『四重人格』(Quadrophenia) 』 1973年

ザ・フーの6作目スタジオ・アルバム。

『トミー』の成功後、時代の先を行き過ぎた『ライフ・ハウス』プロジェクトの挫折を経て『フーズ・ネクスト』を発表したザ・フー。 起死回生をかけ、『トミー』に匹敵するようなロック・オペラを作りたいと願っていたピートが目をつけたのは、自身が10代の時に出会ったモッズ・カルチャーであった。

ピートの苦悩」それは作品の主人公「ジミー」と重なる。

だが、それまで作品作りには欠かせないアドバイザーだったマネージャーのキット・ランバートや、キース・ムーンのドラッグによる奇行に悩まされ、クアドラフォニックシステム追求のためのスタジオ建設による資金難とそれを懸念するロジャーとの軋轢、導師ミーハー・ババへの傾倒を活かしたい想い等々、作品を完成させるのは並大抵ではなかった。 更に完成後2週間でツアーをブッキングという時間的な束縛も重圧となる。 悩んだ末、ピートはついに弁護士に辞任状を書くにまで至る・・・。

製作中のピートとロジャーの喧嘩で、ピートが救急車で運ばれたエピソードが有名。年数が経つに連れ、ピートが酩酊していた、いや、キースと一杯ひっかけただけだった、ロジャーがギターで殴られたのは肩だった、いや頭だった、等の情報は錯綜しているが、お互いにフラストレーションが貯まった末の一瞬即発状態だったのは間違いなかろう。

(ピートとロジャーの間で常にある争いは)「愛と憎しみ」ではなく「愛と怒り」 - ビル・カービシュリー 2012年

・オリジナル・アルバム

1973年、トラック・レコードより2枚組発売。ポリドール・レコードによりCD化。1996年にリマスター。 カバーデザインはロジャー・ダルトリーのアイディアを取り入れ、ロジャーのいとこで写真家のグレアム・ヒューズが撮影したもの。

「トラックリスト」

  1. ぼくは海 - I Am the Sea
  2. リアル・ミー - The Real Me
  3. 四重人格 - Quadrophenia
  4. カット・マイ・ヘアー - Cut My Hair
  5. 少年とゴッドファーザー - Punk and the Godfather
  1. ぼくは一人 - I'm One
  2. ダーティー・ジョブス(汚れた仕事) - Dirty Jobs
  3. ヘルプレス・ダンサー - Helpless Dancer
  4. イズ・イット・イン・マイ・ヘッド(ぼくの頭の中に) - Is It in My Head?
  5. アイヴ・ハッド・イナフ(ぼくはもうたくさん) - I've Had Enough
  1. 5:15(5時15分) - 5:15
  2. 海と砂 - Sea and Sand
  3. ドゥローンド(溺れるぼく) - Drowned
  4. ベル・ボーイ - Bell Boy
  1. ドクター・ジミー - Doctor Jimmy
  2. ザ・ロック - The Rock
  3. 愛の支配 - Love Reign o'er Me

「作品コンセプト」

始めのコンセプト: 1972年、『ライフ・ハウス』に続く作品として、ピートは『Rock Is Dead – Long Live Rock』というタイトルで、2枚組アルバムの各盤面をザ・フーの各メンバーに例えて織り込むという漠然としたアイディアを温めていた。 マネージャーのクリス・スタンプと共通の友人であり、『ピンボールの魔術師』を思いつくきっかけとなった英国ロック・ジャーナリスト、ニック・コーンによる各メンバーへの取材が始る。

 各メンバーを描くなんて面白い、それを聞いただけで充分だと思った。「よし、やろう」ってね
- ロジャー・ダルトリー 2012年

結局、ニック・コーンの下地構想は合わないと感じたピートだが、既に『カット・マイ・ヘアー』の曲作りを終え、4つのテーマを描いていた。 「善(Good)」、「悪(Bad)」、「ロマンスとセックス (Romance and Sex)」 そして「正気の沙汰じゃないもの(insane things)」である。

当初、「Bad」はロジャーに当てはめられる予定だったが、後に「Romance and Sex」と入れ替わり、「Bad」はジョンに変更される。

 

「音楽的特徴」

ザ・フーのアルバムで唯一、アンビエント・ノイズ(環境音)を取り入れている。ピート自ら海岸で海辺の音を録音。それゆえか、『ダーティ・ジョブズ』の後にカモメ等の鳥の声が挿入されていると思われていることが多いが、間違いである。 『アイヴ・ハッド・イナフ』に挿入されている太鼓のような音はタブラ(インドの小太鼓)や打楽器ではない。

『5'15』はスタジオで即興で作曲したものだが、後にオックスフォード・ストリートを歩き、人間観察をしながら歌詞を作った。 同じくロックオペラである『トミー』との違いは、「序曲」に当たる部分が、「各メンバーを象徴する曲」を綴って表現されていることである。   クゥアドロフォニック・システムにこだわったものの、出来上がったアルバムはステレオアルバム。

 

「時代背景としてのモッド・カルチャー」

モッドの全盛期は60年代。73年のこのアルバムはその時代を回顧したものだ。

英国の社会学者スタンリー・コーエンが著書『Folk devils and Moral Panics (フォーク・デビルとモラル・パニック)』に於いて、「モラル・パニック」という言葉を用い、1960年代にマスメディアが有名なブライトンの「モッズ対ロッカーズ乱闘事件」において、彼らに行なった報道の検証を行なったのが1972年。 このアルバムはその翌年に発表されている。

アメリカ人にとって馴染みのないモッド・カルチャーを伝えるため、ピートは『フーズ・ネクスト』のアルバム・カバーを担当したアメリカ人カメラマン、イーサン・ラッセルに電話し、作らせた写真集が、アルバムに挿入される。

クゥアドロフォニック・サウンドのために教会を改装したランポートスタジオの秘書が近所(写真集にある4つの煙突を持つバタシー発電所の近く)に住む少年チャドにモデルを依頼。一度は断られたが、他にモデルがおらず、採用されることになる。

他のモデル達もその近所に住むキッズであった。ピートの弟ポールやサイモンもモデルとして登場、サイモンは同じくモデルを務めたジェイニーと後に結婚し、『ジェイニー』という曲も発表している。

ザ・フーが60年代にモッズの聴衆を前にしてギグを行っていたFlorida Roomsは当時「ブライトン水族館」の敷地内にあった。現在は「シー・ライフ・パーク」になっていて、ブライトン桟橋との間にある歩行者用トンネルにはロジャーのサインがある。当時ロード・マネージャーも兼ねていたロジャーがここを通って機材を運んでいたそう。
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映画『さらば青春の光』

アルバム『四重人格』を原作として1979年に「ザ・フー・フィルム」が製作した映画。1965年の英国ブライトンを舞台にし、実際にあったモッズとロッカーズの対立騒動も描かれ、アルバムの内容とは異なる。特にラストシーンの解釈には諸説あり、ピート自身も答えを明確にしていない。

監督:フランク・ロッダム

主演:フィル・ダニエルズ

共演:スティング他

数々のレビューがあるので当ウェブサイトでは割愛。

映画「サタデー・ナイト・フィーバー(1977年)」との類似点

ビー・ジーズの音楽にのって70年代に一世を風靡したこのディスコ映画、なんと、ザ・フーとも共通点あり。

映画の原作は、1976年ニューヨークマガジンの記事 『Tribal Rites of the New Saturday Night』で、その著者はニック・コーン。

ニック・コーンと言えば、『トミー』で、この音楽ジャーナリストから良い評価を引き出そうとしたピート・タウンゼントが、当時ニック・コーンがハマっていたピンボールを登場させた話も有名。

ニック・コーンは、他にも4人のメンバーの個性を描写した『Rock Is Dead (Rock Lives)』というトリートメントをザ・フーのために書いており、それが後のピートの『四重人格』コンセプトに発展していく。

話を戻すと、原作の記事は舞台がニューヨーク。

実際は当時、ニューヨークに着いたばかりのニック・コーンが、60年代のロンドン、シェパーズ・ブッシュにいたモッ ドに着想を得てヒーローにし、改めて舞台をニューヨークに設定したそうだ。

『サタデー・ナイト・フィーバー』の主人公、イタリア系のトニー(原作記事ではヴィンセント)とモデルになったモッドは、共にファッションと音楽を重視し、労働者階級に属するため、うまく移植することが出来たとか。

そう聞くと、『サタデー・ナイト・フィーバー』は、まるでニューヨーク版・映画『さらば青春の光』のようではないか。

ザ・フーが1979年の『さらば青春の光』のクランク・インに入った頃には、この1977年の『サタデー・ナイト・フィーバー』、既に公開されてヒットしていた。

どちらも音楽やファッション、サブカルチャーを背景にし、若者が人生を再び見直す作品で、サウンド・トラックが使われることから、当時、ロジャーは自分たちの作品のインパクトが薄れるのではないかとも感じたようだが、『さらば青春の光』の(音楽の)ことを、「肝っタマが据わったビー・ジーズ」と表現している。

ニック・コーンの『Tribal Rites of the New Saturday Night』原文を読むにはこちらで:
http://nymag.com/nightlife/features/45933/


「サントラ盤」

オリジナル盤との顕著な違いはジョン・エントウィッスルによるリマスターで、『リアル・ミー』では異なるベーストラックが用いられている。

73年には挿入されていなかった『4つの顔』『ゲット・アウト・ステイ・アウト』『ジョーカー・ジェイムス 』が含まれ、後の2曲はケニー・ロジャースの演奏による。

ザ・フーの他、ハイ・ナンバーズ名義の曲、ジェイムズ・ブラウン、カスケーズ他のアーティストの曲が含まれている。

"Night Train" (James Brown) – 3:38

"Louie Louie" (The Kingsmen) – 2:41

"Green Onions" (Booker T. & the M.G.'s) – 2:46

"Rhythm of the Rain" (The Cascades) – 2:28

"He's So Fine" (The Chiffons) – 1:52 ( ジョージ・ハリソンの『マイ・スィート・ロード』盗作が訴えられる発端になった曲)

"Be My Baby" (The Ronettes) – 2:30

"Da Doo Ron Ron" (The Crystals) – 2:09

"I'm the Face" (The High Numbers) – 2:29

参考URL Quadrophenia film locations(映画『さらば青春の光』ロケ地を説明)

ReelStreets(映画『さらば青春の光』ロケ地を説明)

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四重人格 ライヴ&モア (2013年)


・ミュージカル Quadrophenia The Musical

【劇場版 Quadrophenia】

劇場  不明 (ロス・アンゼルス) 2005年11月

  Avalon (ハリウッド)2006年3月10日

   Redondo Beach Performing Arts Center( ロス・アンゼルス)2006年11月9日、10日

主演 Steven Shareaux (トリビュートバンド The Who Show のボーカリスト)

監督 Peter Uribe

製作 Luna C productions

         (動画はSteven Shareauxのジミー)

【英国王立ウェールズ音楽大学の学生達による上演

劇場 Sherman Theatre カーディフ、ウェールズ州 2007年2月17日

監督 Tom Critchley

製作 Industrial Language Ltd (Eel Pie Publishing Ltdのアレンジによる)

【2009年イギリスツアー】

上記の英国王立ウェールズ音楽大学バージョンが再考されたもの。

7月20日 – 25日 CAMBRIDGE Arts Theatre

7月27日 – 8月1日 CHELTENHAM Everyman

8月3 – 8日 LEEDS Grand

8月10日 – 15日 NOTTINGHAM Concert Hall

8月17日 – 22日 ABERDEEN His Majesty’s

8月25日 – 29日 Empire Liverpool

8月31日 – 9月5日 BRIGHTON Theatre Royal

9月21日 – 26日 WOLVERHAMPTON Grand

9月28日 – 10月3日 COVENTRY Belgrade

10月5日 – 10日 OXFORD Playhouse

10月19日 – 24日 WIMBLEDON Theatre

10月26日 – 31日 SOUTHAMPTON Mayflower

11月2日 – 7日  READING Hexagon 2 – 7 November

脚本 ジェフ・ヤング

監督 Tom Critchley

主人公ジミーは4人の俳優によって演じ分けられた。

予告編

 

 

・オーケストラ ピートのパートナー、レイチェル・フュラーのアレンジによるオーケストラ版『四重人格』から『愛の支配』がロンドンのクィーン・エリザベス劇場で演奏され、ジェフ・ベックが特別ゲストとしてリードギターを担当。BBCラジオで放送された。レイチェルのオーケストラ譜の今後に注目したい。

(資料:thewho.comピート・タウンゼント・インタビュー他)

投稿日:2012年6月30日 更新日:

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