2017年11月、ザ・フーは公式サイトでロジャー・ダルトリーのビデオ・メッセージを掲載した。
日本時間の午前1時過ぎだったろうか、まさに眠りに落ちようとしていた頃なのに、驚愕と不安でいっぺんに目が覚めてしまった。
動画で語られていたのは、ソロツアーの総括とザ・フーの一年間の休暇告知に加え、自身の記憶力の低下とその時点での疲労。
こうやって書いてしまえば、なんてことない、ただの現状報告に過ぎない。
だが、これまで10年間、公式サイトの移り変わりを見てきた身としては、幾つもの要因と重なって、まさしく「ザ・フーの終わり」を示す兆候を感じてしまったのだった。
もちろん、50周年を迎えた頃から、遠からず「その日」が来るであろうことは覚悟している。
しかし、それがこんな風にロジャーの「ビッグ・D(痴呆)」という弱音と共に訪れるとは、思ってもいなかった。
滑舌の悪さ、隠せない疲労。そしてオナラのようなブォーッという音にみんなが笑っている。
(注:現在公開中の動画は、『ドアを開けた音』が↑上記のように視聴者に誤解を与えるとして当該部分が削除されています)
見るのが辛い。
そこに海外ファンの「ひょっとして、この『ビッグD』はDeath (死)の『D』なの・・?」の声。
ツイッターでは、嫌でも目に入ってしまう「ジジイ」という年齢差別用語の繰り返し。
もう、ザ・フーについてSNSで投稿するのはやめてしまおう・・。
(どうせ来日しないだろうし)
そこにまさかの「26年振りソロアルバム」の発表である。
全くもって、常に良い意味で期待を裏切り続けるモンスターバンドなのだ。
さて、ソロアルバムとしては9作目、1992年の「ロックス・イン・ザ・ヘッド」以来26年振りとなる本作では、7曲でピート・タウンゼントがギターを弾いている。
「くだらない」出来だとして、ロジャー自身がお蔵入りにするところだったのを、ピートが聞き、「ロジャー、これは素晴らしいから仕上げなくちゃ」と励ましてくれたという。
ギターの競い合いにならないよう、ピートは、それまでに出来上がっていた音源に演奏を加え、インターネットでプロデューサーのデイヴ・エリンガに送ってきたのである。
多くのファンがピートの参加を聞きつけ、「いっそ『ザ・フーのアルバム』として出してくれたら」と願ったが、この方法ではやはり無理だったように思える。
しかし、ロジャー曰く、これこそ「ザ・フーのいつものやり方」ということだ。
別々にスタジオ入りし、粛々と各自のパートを終え、最後にトラックを重ね合わせるのだ。
ピートによれば、「電話にロジャーから『ありがとう』の録音メッセージが入っていたから、多分、気に入ったんじゃないか」と、まことに素っ気ない。
2014年のウィルコ・ジョンソンとのコラボアルバム「ゴーイング・バック・ホーム」が成功した直後にレコード会社のオファーがあったというから、実に完成まで4年越し。その間にザ・フーの50周年ツアー、自ら患った髄膜炎での中断を挟んでいる。
長い期間をかけて録音されてきた音源は40曲にも昇る。
その中から厳選された11曲で本作は構成されている。
ピートが曲作りを始める前、ロジャーが15歳で結成したザ・フーの前身バンド「ザ・ディトゥアーズ」がトラッド・ジャズを経て、ソウルやブルースを演奏していた頃への原点回帰であり、ブルー・アイド・ソウル・シンガーとしてのロジャー・ダルトリーがたっぷり楽しめる。
55年も前に歌った曲に戻る利点は、その間に培った経験を歌詞に反映でき、成熟した感情を込められることだという。
その言葉通り、「このアルバムは、ヴォーカリストとして、ロジャーが頂点にあることを示す」とピートに言わしめるほどの豊かな表現力と声量を味わわせてくれる。
前作「ロックス・イン・ザ・ヘッド」ではユーロビートの台頭のため、ロック・ミュージシャンが少なくなった本国イギリスを離れ、アメリカで録音し、アメリカのミュージシャンを雇っていたが、ここではイギリス色の強いラインナップとなっている。
プロデューサーはウィルコ・ジョンソンとのコラボアルバム「ゴーイング・バック・ホーム」や2014年のチャリティ・シングル「Be Lucky」と同じくデイヴ・エリンガ。
主な参加ミュージシャンは以下の通り。
ジョディ・リンスコットやフィル・スパルディング(ピートの弟サイモンのバンド)など、ザ・フーのコンサートでお馴染みのメンバーらも、時折フェィスブックでアルバムに参加した状況を投稿していたが、それらの曲は今回収録されなかったことになる。次回作として聞けるのを祈ろう。
ピート・タウンゼント: Guitar
ミック・タルボット: Keyboards
ショーン・ジェノッキー : Guitar
ジョン・ホッグ: Bass
ジェレミー・ステイシー: Drums
マクレアリー・シスターズ: Backing singers
他にロジャーやザ・フーのツアーでベースを弾くジョン・ボタンの名も見られる。
トラック・リスティングは以下の通り。
(*印がピート参加作品)
As Long As I Have You / アズ・ロング・アズ・アイ・ハヴ・ユー *
<ガーネット・ミムズのカヴァー>
ザ・フーのデビュー・アルバム「マイ・ジェネレーション」デラックス版にボーナストラックとして収録された「エニィタイム・ユー・ウォント・ミー」と同じく、ガーネット・ミムズのカヴァー。若干20歳の若者だった時から54年の歳月が流れている。
アルバムのタイトル曲として、ソウルフルかつ情熱的に歌い上げ、ロック界屈指のヴォーカリストとしての貫禄を余すことなく見せつけている。ロジャーの名パフォーマンスの一つに数えられるだろう。
オリジナルの歌詞自体がロジャーの生い立ちに重なっているのも見逃せない。
「暗闇に生まれ 苦労して陽のあたるところへ這い上がった 山ほど戦って 負けたのも勝ったのもある」
How Far / ハウ・ファー *
<スティーヴン・スティルスのカヴァー>
今回のアルバムは長年連れ添ったヘザー婦人に捧げられたというだけあって、変更された歌詞の出だしから、その愛情が伝わってくる。
殆どの歌が一発録りだそうだが、ここでは海外の女性ファンから「フーガズム」と称される小気味よい高音を未だに難なく繰り出し、4オクターブを誇る音域の広さを感じさせる。
Where Is A Man To Go? / ホエア・イズ・ア・マン・トゥ・ゴー? *
<ダスティ・スプリングフィールド他「Where Is A Woman To Go?」のカヴァー>
カントリー調のオリジナルを一新、タイトルも男性版に変更されている。
それなのに、なぜか歌詞に出てくる通貨は「ダラー($)」のままで、「クィド(ポンドの俗語)」ではない。10クィド(£10)のビールでは高すぎるのだろうか。
Get On Out Of The Rain / ゲット・オン・アウト・オブ・ザ・レイン *
<オリジナルはパーラメントの「Come In Out Of The Rain」タイトル他をアレンジ>
タイトルや歌詞が変更され、クレジットにもダルトリーの名が記されている。
「ハウ・ファー」と共に、70代のザ・フーを思わせる仕上がりと評判の曲。
I’ve Got Your Love / ユア・ラヴ
<ボズ・スキャッグスのカヴァー> *
ボズ・スキャッグスのオリジナルよりも若干アップテンポに。
これまでに馴染みのない、違う時代に録音したのではないかと感じるようなロジャーの声質が印象に残る。
Into My Arms / 我が腕の中へ
<ニック・ケイヴ & ザ・バッド・シーズのカヴァー>
何かの手違いで、今回のアルバムは発表前に既に短いサンプル音源がアマゾンUKで試聴可能だったのだが、その時に聞いたのとを全部聞いたのとでは、全く印象が違う。
ここではロジャーは成熟した低音を披露。近年のツアーでは「愛の支配」を歌う際にこれでもかと低音部を掘り下げていたが、その影響が見られる。
You Haven’t Done Nothing / 悪夢
<スティーヴィー・ワンダーのカヴァー> *
デイヴ・エリンガによると、へヴィなファンクとして知られるこの曲にピートが合わせてきたのは、なんとグルーヴを一捻りしたアコースティック。残念ながら、はっきりと聞き取ることはできないが、曲の再アレンジに好影響を与えたのは間違い無いだろう。
Out Of Sight, Out Of Mind / アウト・オブ・サイト、アウト・オブ・マインド
<ファイヴ・キーズのカヴァー> Ivory Joe Turner作
古き良き50年代のR&Bバラード。若きロジャーが街の小さなハコで歌っていた姿をつい想像してしまう。
ロジャーのアイディアでニュー・オーリンズ調に仕上がっている。
Certified Rose / サーティファイド・ローズ
<ロジャー・ダルトリー / マクマホン>
言わずとしれた、2006年のザ・フーのスタジオアルバム「エンドレス・ワイヤー」及び2004年の「ゼン&ナウ」にも収録されると発表されたのにも関わらず、ずっと陽の目を見なかった曲。満を持してやっと登場したことになる。
ピートによれば、収録されなかった経緯はよくわからないという。
「少し前、ロジャーにコンパクトなホームスタジオを作らせたんだ。何年かに渡ってスタジオ作りや曲を何度か手伝ったんだけど、あいつは他の人間と働くのが好きなのさ。怒らせたくはないが、あいつはちょっとせっかちだと言ってもいいと思う・・・」
この曲は、つい最近まで数年間に渡り、アコースティックギターによる短いサンプル音源がネット上に存在していたので耳にしたことがある方もいるだろう。ここではアレンジが大幅に施され、管楽器も採用されている。
元々、「ローズ」はロジャーの娘「ロージー」を指すとされ、本来なら家族の、特に他の子供達の影が見え隠れしていた前作「ロックス・イン・ザ・ヘッド」に入っていてもおかしくなかっただろう。
The Love You Save / ザ・ラヴ・ユー・セイヴ
<ジョー・テックスのカヴァー> *
66年のジョー・テックス「The Love You Save (May Be Your Own)」のカヴァー。
デイヴ・エリンガはこのアルバムは原点回帰であることから、なるべく当時の雰囲気を壊さないのを目指したそうだが、この曲もオリジナルに忠実なアレンジに仕上がっている。
Always Heading Home / オールウェィズ・ヘディング・ホーム
<ロジャー・ダルトリー / ナイジェル・ヒントン作>
ソロツアーの終盤で初披露されたオリジナル曲。
半世紀以上にわたるロック人生で、最後に帰り着くのは家ということか。
ヘザー夫人の43年間の内助の功を忍ばせると同時に、何処か来るべき「死」すら見つめたような、達観した歌詞が印象的。
日本盤ボーナス・トラックには『ハウ・ファー』のアコースティック・ヴァージョンがつく。アコースティックギターを弾くのはピートなので、ある意味ザ・フーのパフォーマンスと言ってもいいかも知れない。(輸入盤を購入した方はスポティファイをチェック)

余談ではあるが、本アルバム発表前にロジャーが行ったインタビューでの政治的発言、#MeToo運動への否定的(と捉えられた)見解で、海外でのネット上のメディアレビューが軒並み低い傾向にある。少し前まで、あれほど好感度が高かったのに、「極右の呆けジジイ」と老害扱いする者もいるようだ。
極端なものでは、「ミュージシャンのパーソナリティーとその仕事を分けて考えるのは難しい」とし、5段階評価の1しか付けないものまである。
(英国主要雑誌・新聞では平均して5点中4~4.5の評価)
ロジャーのソロ来日時、総立ちで喜ぶファンと対照的に、音楽評論家達が最前列で座ったまま苦虫を噛み潰したようにずっと下を向いていたのを思い出してしまった。
なぜかロジャーという歌手は「苦手な人にとってはとことん苦手」なようだ。
しかし、多分これは、50代以上の人間なら誰でも記憶にある、世の中が大きく動きだす前の、ザワザワとしたあの時代を振り返り、今の自分を見つめるアルバムなのだ。ザ・ディトゥアーズがハッタリをかますために小さなアンプを大きなアンプに仕込んでオーディションに望んだ(ちゃんとビビらせる効果はあったそうだ)頃、自分は何をしていただろうか。そこから今に至るまで、何を考え、行ってきたのか。
バンドの生涯のファンとして、ソロアルバムなのにザ・フーが常に突きつける「お前は何者か」という命題に戻らざるを得ない。
(そんなウザい言い方しなくても「好きなんだもん、それでいいじゃないか、ファンなんだから」が本音であるが、ロジャーもザ・フーも戦後史を伝えることを大切にしている・・・)
若い方にも、世界屈指のロックレジェンドの一人が歩んだ半世紀を、ただ楽しんで、聞いて、踊って欲しい。
数々のインタビューは悪いことばかりではない。
ザ・フーの新しいアルバムについても用意があるというから、期待せずに待っておこう。
「史上最高の素晴らしい歌手の一人だ。どんなにいいか、何だかスリリングでショックに感じるかもしれない。でも、そんなに驚いちゃいけないのかもね。何しろ、50年以上もレコードを作り続けているんだから。それに関しちゃ、本当に、彼にはお手の物なんだよ!」
ーデイヴ・エリンガ
資料:
BBCラジオ番組 Maximum R&B(2015年)
BBCラジオ番組 クリス・エヴァンス・ショー(2018年)
BBCテレビ番組 グラハム・ノートン・ショー(2018年)
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