『ロックンロールは、別に俺たちを苦悩から解放してもくれないし、逃避させてもくれない。ただ、悩んだまま踊らせるのだ』
ピート・タウンゼントの名言に迫る:第4回
1978年、アルバム「フー・アー・ユー」プロモーションのため、ジョンを残してアメリカ入りしたピートとキース。
第2回で触れた米テレビ番組への出演だけではなく、雑誌のインタビューも受けていました。
キースが亡くなる1ヶ月前に取材された米音楽雑誌「ローリング・ストーン」では、多角的事業に進みつつあったグループの様々な計画が明らかにされています。
ロンドンのシェパートン撮影所を買収して待望のドキュメンタリー映画「キッズ・アー・オーライト」に着手したザ・フーですが、更に映画「さらば青春の光」の製作、そして「ライフハウス」の映像化も視野に入れていたようです。
難聴と家族の問題(主に依存症を原因とした当時の妻カレンとの不仲)に苦しんでいたピートにとって、ツアーは辛く苦しいもので、代わりに映画「キッズ・アー・オーライト」がアルバム「フー・アー・ユー」のプローモーションの役目をすることに。
上記の米音楽雑誌「ローリング・ストーン」では、他にも書籍出版会社の設立、ピートの弟サイモンらの若手バンドに対するサポートやビジネス・カウンセリングの計画などが紹介されています。
個々のメンバーも超多忙。
ピートがソロ・アルバム製作や、インドの導師メヘル・ババを支持する映画製作会社の支援、ジョンは自身のソロ・アルバムを棚上げし、本当は「ライフハウス」に使われるはずだった「905」の他に2曲をアルバム「フー・アー・ユー」用に書き上げ、他の3人がアメリカでプロモーションをしている間は一人ロンドンに残って映画のサウンドトラックを製作、キースは撮影場の広報担当、ロジャーは映画「マクヴィカー」の版権獲得、主演に乗り出します。
マルチメディアを先駈けした見事なバンドの経営方針ですね。
ロジャー曰く、「照明であれ、ワイヤーで吊り下げるステージセットであれ、何もかも、ザ・フーが最初だった」
キースが存命であれば、時代に先駈けた音楽と映画のビジネスモデルになっていたかも知れません。
75年に比べるとロジャーとピートの険悪なムードも収まっていた時期でもあります。
名言が放たれたテレビ放送の後、同上の記事で、またもやロジャーはこの「ロックンロールとは」に触れ、ここではついにピートと合意に至ります。
「ピートは『ロックンロールは問題のあちこちでダンスするのを助けてくれる』と言ってたが、それには100%支持するよ」間を置いて考え「だけど、それはダンスなんだ、ぞれが同じように大事なのさ」
何にせよ、踊れることはピートにも、ロジャーにも、大切なようです。
(機会があればブリティッシュ・ジグという踊りとケルトとフーの音楽性についても迫ってみたいと思います)
振り出しに戻り、ピートがどういう心境だったか推測してみましょう。
ずっと家庭の不和に悩んできたのが、バンドの活動が3年間静かだったために、落ち着きを取り戻し、難聴を悪化させるツアーをやらなくても済む・・・。
前途に広がる耀かしい計画の数々。バンドの中で唯一のアイディアマンにならずに済むかもしれない。
元々「フー・アー・ユー」は「ライフハウス」とも関連性の高いアルバム。
自我を、そして神を問うて作り上げた作品です。
キースの不調もあり、当然苦労もあったでしょうが、アルバムを仕上げていつもに増してホッとしていたのではないでしょうか。
上記の「ローリング・ストーン」誌では、ザ・フーは60年代のバンドなので、彼らとビートルズやローリング・ストーンズ、ボブ・ディランのみが共有する事象として、「ある種の特別な責任を感じている」とあります。音楽的マテリアルだけでなく、ライフスタイル、イメージ、そして倫理観に伴う疑問にすらも。特にタウンゼントにとっては、と。
その責任感こそが、ピートが長期のツアーを避ける決意をした源である、と結論付けているのです。
「ロックンロールが難儀なのは、どっぷりハマると、他に目がいかなくなってしまうことだ。妻が何かに嫉妬するとすれば、それは俺がツアーで生活を共にする奴らじゃない。自分にとっては問題だけど。彼女は多かれ少なかれ、ロックに嫉妬しているのさ」と答えるピート。
しかし、その懸案となっていたツアーもやらずに済み、家庭も安定、ザ・フーの未来も大きく開ける筈でした。
ところがキースはこのインタビューの一ヶ月後、薬物の過剰摂取で帰らぬ人となるのです。
キースの代わりに映画「さらば青春の光」サントラ盤などで
ドラムを叩いたスモール・フェイセスのケニー・ジョーンズが参加し、バンドは継続を決めます。
しかし、ピートはその後、アルコールとドラッグの依存症が悪化。
ザ・フーは1983年、遂に解散に至ります。
長文にお付き合いしてくださってありがとうございます。
第一回で、名言にはいくつかの解釈があることを述べました。
さて、あなたの解釈はいかがですか?
「フー・アー・ユー」のプロモ映像を見ると、楽しそうな場面があります。
リズムが刻めなくて、「ミュージック・マスト・チェンジ」をリズムボックスにとって変わられたキースも生き生きしています。このキースの少しおどおどした笑い、つられたピートのイラついたような笑い、これが「ロックンロールで踊る」ことのようにも見えるのですが・・・・。
「みんなが俺たちのことを『うまくやれてない』って言うんだ。でも写真を見るといつも、俺たちは笑ってて、くだらないことは吹き飛ばしているのさ」- ロジャー・ダルトリー 2018年
参考「フー・アー・ユー」の「ユー」とは誰なのか
http://thewho.mods.jp/index/?page_id=2500